シナリオライター月雪 華也

誘拐された女子校生

「はぁ、まさか先生の手伝いがこんなに遅くなるなんて……ついてないなあ」

 日はとうに傾き、辺りはどことなく赤く染まっている。
「さすがにユキも帰っちゃたかな……」

 どちらから始めた訳でも無く、ユキが遅い時は私が学校を出て少し離れた辺りで待ち、私が遅い時はユキが待つ様にして一緒に帰っていた。
 諦め半分にいつもの場所へ目をやると、見覚えのある姿がぼーっと立っていた。
「あっ……」

 ユキの姿に私の足も早足になる。
 そんな私を車が追い抜いた。車は光さえ吸い込んでしまいそうなほどに黒々しく、不安が私の中を一瞬駆け巡った。
 黒い車は慎重に速度を落としていくとユキの横に止まった。
「きゃっ……」

 車から半身を出した男はユキを強引に引き込んだ。ユキの小さな悲鳴を残して車は再び発進した。
 慌てて駆け、手を伸ばすが車には遙かに届かない。
 正に一瞬の出来事だった。
「ユキ……っ」

 と、助けを呼びかけて声を呑み込んだ。
 ここで助けを呼んでいては車を見失ってしまう。
 せめて犯人が何処の方向に向かうかだけでも確かめないと……。

 目が覚めたとき、見知らぬ男の顔がそこにあった。
「えーっと、目が覚めたかな」

 ほっとしたような表情をして男が少し離れた。
「一体あなたは誰……」

 と、そこまで言い掛けて、
「返して下さい、何が目的ですかっ」

 すぐさま辺りを確認する。
「すぐに返すからさ、それまでは大人しくしていてくれるよね」

 天井は高く、部屋の大きさはそれなりにある。雰囲気からしてだいぶ前には破棄された工場といったところだろうか。
「おっと、余計なことは考えない方がいいよ」
 ナイフがきらりと光る。
「脅しているのですか」
「まあ、そうだね。君も痛い目には遭いたくないだろう?」
「ええ……そうですね」
 出口は遠く、廃工場内は綺麗に片づけられており、逃げ切るのは不可能であった。
「それじゃあ少し縛らせて貰うよ」
 両手に縄が巻かれていく。ざらりとした荒々しい感覚が手首を覆っていく。逃げる機会を窺うが、男に隙はなく、何重にも巻き付けたところで男は手を止めた。
 万事が上手くいっているという風に満足な表情を浮かべる男。だが、縄を結んでいく手つきは馴れているとは言えず、少しぎこちない。
 強引に地面に引き倒され、足にも縄を巻こうとする。
「何をするのよ」
 反射的に僅かな抵抗を試みるが、男は強引に私を地面に押さえつけた。ナイフをちらつかせ、
「何って足にも巻いておかないと、逃げるだろう?」
 当然のように返事され、私は抵抗することを諦めた。
「そうだ、物わかりが良くって助かるよ」
「私を襲うつもりなの?」
「なんだ、襲われたいのか」
「そ、そんな訳ないじゃない」
「だから、大人しくしてたら何もせずに返すって言っているじゃねえか」
 男は足を巻き終わると布を取り出した。
「ほら、これを加えろ」
「んんっ……」
 男が強引に口を押し開くと布を押し込んだ
「まあ、なんだ、綺麗な奴を選んだんだから吐き出すなよ」
「んー……っ」
 男は一仕事終えたという風にどこかに去っていった。
 サヤ、怖いよ……。
 しばらくたち、恐怖心がこみ上げてきた。
 物音一つしない冷たい床の上で私はほどけないかともがくが、縄に緩む気配は無い。
 芋虫みたい、冷静な部分がそう漏らした。

 黒い車が止まっていた。今にも骨組みの壊れそうな廃校場に不釣り合いなきれいな車。
 ユキはこの中にいる。確信に胸が高鳴った。
 ――では、ユキをさらった犯人は?
 一緒にいない方が変だろう。きっとユキと一緒にいる。
 怖い。
 恐怖心が頭をよぎった。
 警察を待つか? だが、間に合わなかったらどうしよう。
「……」
 ぱたんと携帯を閉じると、意を決して踏み込んだ。
 入ると廃工場内は思いの外に閑散としていて、天井の所々が落ちているせいか、明るかった。今にも壊れそうな天井を支えている柱が所々にそびえている以外は機械なども残されていない。
「んんっ……んー……っ」
 くぐもったうめき声が響く。
「ユキっ!」
 声の方を見ると、そんな柱の一つにユキがもたれ掛かっていた。
 手足を縄で縛られ、口には布を噛まされている。
「ひどい、今すぐはずして上げるからね」
 あわてて駆け寄ると、布をはずす。
「ぷふぁぁ……サ、サヤっ、来ちゃだめ」
 サヤの表情がさっと青くなった。
「早く逃げて」
 サヤの視線の先、私の後ろを振り返ると、そこには見知らぬ男が立っていた。手にはナイフが握られている。
「だめじゃないか、ついて来ちゃ」
 うかつだった。ユキの姿を見て、反射的に駆けつけてしまった。
「知らない大人について来ちゃだめだって習わなかったのかい」
 きっと睨みつけるが、意に介する様子はない。
「君は彼女のお友達かな?」
 それどころか少し楽しそうに笑っている。
「本当は一人で良かったんだけどね。まあ、君も大人しくしていれば何もしないから……分かっているよね?」

 まさか、本当にサヤが来てくれるなんて思ってもみなかった。
 でも、そのせいでサヤまで捕まってしまうことになったけれど、正直嬉しかった。
 目の前でサヤの柔らかくてしなやかな肢体が縄で歪められていく。
 後ろ手に縄が巻かれ、足にも巻かれていく。地面に顔の着くのをサヤは嫌がっているようだったが、男は歯牙にもかけない様子でサヤを地面に這い蹲らせた。
「二人居るからな。変な気を起こされないように少しきつく縛らせて貰うぞ」
 そういうと胸の上下を通し、後ろ手になっている二の腕を巻き込んで縄を通した。
「んっ……くっ……」
 サヤが僅かにて意向を示すが、男の力がそれを許さず、小振りな胸が強調されていく。先程よりも少し馴れた手つきで通していく。
 続けて男は、私に噛ませたものと同じような布を取り出すと、躊躇なくサヤの口内へとねじ込んだ。不意をつかれたらしいサヤは目を白黒させながら、えづきそうな、苦しそうな表情をサヤは浮かべている。男はサヤが本当に戻してしまう前に、すっと布をこよった縄をサヤの口に噛まると頭の後ろで結んだ。
「うむむぅぅっ……」
 そうして十分に縛り上げ等れている事を確認すると満足そうに、次は私の方を見た。
「むっ、んっ、むうっ……っ!」
 サヤの外してくれた猿ぐつわはすぐさま着け直された。
 喉奥を犯すようにねじ込まれた布の固まりは、べっとりと私の唾液を含んでいて冷たく、不快感から吐き出しそうになる。
「ううっ、ううんっ、むううっ……」
「吐かないでくれよ」
 戻し掛けた布を再びむりやりにねじ込むと、上から布を噛ませ、後ろに縛った。
 心配そうなサヤの視線。私は精一杯に平気と返した。
 私も先程以上に頑丈に縛り直され、さらにサヤと同じように胸の上下と二の腕にもロープを通された。不自然に強調された胸は、どことなく嫌らしいような気がして、羞恥心がこみ上げる。
 その後、「少し待っていろ」
と言って男は部屋を出た。
 しばらく入り口の辺りで電話をしていたようだったが、徐々に男の声にいらだちが浮かんできているようだった。
 私の不安がサヤにも移ったようで、サヤも指呼し不安そうな表情をした。
 またしても男は立ち去っていったのが車のエンジン音から分かった。
 男が居なくなった今こそ、サヤと話をしたいのだが、猿ぐつわをされていて、会話はできない。
 でも、サヤの言いたがっていることは想像がついた。
 サヤは謝っていた。
 でも、本当は私の方が謝らないといけないのに。サヤを巻き込んでしまった。
 どうにか逃げ出せないだろうか。
 辺りを見渡すが、助けになりそうな物はほとんどなく、木材が柱に数本立てかけられて居るぐらいだ。
 ……木材。
 荒い加工の為ささくれだっている木材の角にこすりつければ、切れるかも知れない。
「うむむぅぅっ……んん……っ」
 ユキが何かをし始めた。
 その行動の意味はすぐに分かったが……
「んっ、んっ、んふぅっ……!」
 今まで気にしていなかった、いや、気にしないようにしていた物に直面させられた私は少しいらだちを覚えた。
 ――ユキの胸が揺れていたのだ。
 しばらくして、ユキが手に巻かれた縄をゆるめる事に成功したようだった。後ろ手のまま、ユキに猿ぐつわをはずして貰い、それぞれの縄を解きあった。
「ぷふぁ……有り難いんだけど、許せない!」
「えっ、何の話!?」
 その時、かつんと堅い床を叩く音がした。
「ユキ、あいつが帰ってきたみたい」
「どうしよう……、サヤ、出口は一つしかないわ」
 とっさに隠れようと辺りを見渡すが隠れられそうな場所は何もない。
「あれ、解いちゃったのか。だめじゃないか、大人しくしていないと」
 男が再び戻ってきた。出口を背にして少しずつ私たちに近づいてくる。
 どうしたって私たちは逃げられない。それが分かっているからの余裕だった。
 男が一歩進み、私たちが一歩後ずさる。それを何度か繰り返し、私たちの背中はトタンの固い壁に当たった。
「ほら、もう逃げられないよ。大人しく……」
 その時、扉が開き、警官がなだれ込んだ。
「ど、どうして……」
 あわてて男はナイフを取り出そうとするが取り落とした。数人の警官が男に飛びかかる。呆然とする私たちの前で男は捕らえられた。
 本当に呆気のない幕引きだった。

「ユキっ」
 サヤが私の肩をとんと叩いた。心地の良い弾みが肩に伝わる。
 あの後、警察に何度か私たちは呼ばれ、先の事件が身代金目的の誘拐であったこと。男はずいぶんと金に困っていた事などを聞かされた。
「どうした、ユキ。また何かあった?」
「ううん、何にも」
 私はぎゅっとサヤの体を抱きしめた
「ちょ、ちょっと息できないよ。色々当たってるし……もう、怒るよー」
「やだ、止めない」
 サヤの髪の毛からはいい匂いがした。
「ねえ、サヤが警察を呼んでくれたんだってね」
「ま、まあね」
「そっか、嬉しい。今度からも一生私を守ってね。私もサヤのこと守るからっ」
「なっ……」
「ところで、シャンプー変えた?」
「えっ……な、なんでそれを……」
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